祖父が自転車で何処からか帰って来た。
「久しぶりに自転車乗ったら気持ちいいな～」
「何処行って来たの？」
「サイトウの爺さんとこ行って来た」サイトウさんは先月、入院した町内のおじいちゃんで、今はもう退院して自宅療養中との事だ。
病気だったとは聞いていたが、何処が悪かったのかは知らない。
「お見舞い？元気だった？」
「見舞いって程のもんでもないんだ。まあ、元気だったな。当分は大丈夫だろう」
「じゃ、アドレスは削除しなくてもいいね」
「それが、消しちゃってな」
「何で？生きてるのに」
「ちょっと早まったな」
「ほら、前に変な事があったから、早目に消す様にしてるんだ」
以前、祖父の携帯に十日程前に亡くなった人の名前が表示されたことがあった。
きっと亡くなった人の家族か誰かが間違ってかけてしまったのだろう、電話は直ぐに切れたのだが、それ以来、亡くなった人の番号は直ぐに削除する様になった。
祖父は紛らわしいから消すと言ってるが、明らかに怖がっている。削除の仕方を直ぐに覚えたのに、登録はいまだに覚えられない。
「また登録してくれんか」
「登録する必要あんの？」
「いや、まだあいつは暫く死なんぞ」と笑う祖父。
「そういう意味じゃなくてさ、どうせ爺ちゃん電話番号を暗記してるんでしょ？別に登録しなくてもいいかと思ってさ」
「憶えてるけど、登録せんと誰からの電話か分らんべ」
「ああ、そっか」僕は祖父から携帯を受け取ると、操作を始めた。
「いいか？番号はだな・・」
「ちょっと待って！まずサイトウさんてどんな漢字？」
「どんな感じって・・・何ていうかな・・・。お前も会った事あるべ？」
「えっ？子供の頃に会った事がある様な無い様な・・」
「何回か会ってるって」
「そんなのどうでもいいよ、それでサイトウさんの漢字は難しい方？簡単な方？」
「難しい感じじゃないな。見たまんまだな。物静かでいつもニコニコしてる」