知人のお父さんが亡くなり、お通夜に行く事となった。
以前、礼服を着たのは、五年程前だった。ズボンを見ると明らかにウェストが細い。時間も無いので、思いっきり腹を引っ込め無理矢理ボタンとファスナーを締めると、式場へ向かった。
到着すると、そこは座敷になっていた。あぐらをかこうにも、ズボンがきつ過ぎて股が開かない。その為正座をするが、お経が延々と続く中、ジリジリと足はシビレて行く。
やがて焼香が回って来た。手を合せて一礼した時だった。
「ブツン！」と言う鈍い音と共に、ウェストが一気に開放され、それと同時に、ボタンが焼香の灰の中へ飛び込んだ。
線香が一本飛び出し、あたり一面に灰が飛び散る。周りからは失笑が聞こえて来る中、僕は必死で線香を探していた。
ふと前を見ると、だるまさんの様なおじさんのハゲ頭のふもとから煙が出ていた。線香は、残り少ない僅かな髪の毛に引っ掛かり、それを燃料に勢い良く燃えている。
思わず吹き出しそうになったが、そっと線香を取ろうとした瞬間、線香は、おじさんの背中を転がり落ちると、偶然にも元の箱へと納まった。
それと同時に失笑からほぼ爆笑に近い状態になった。隣のおばさんはハンカチで顔を覆う様にして笑っていた。
次の日、礼服を買った。
備えあれば憂いなし。この時からの僕の教訓である。