ある日、街中を歩いていると、顔見知りに出合った。向こうも僕に気付いた様で、お互い軽く会釈をした後にその男性は僕の方へ近づいて来た。
「お久しぶりです」とても物腰の柔らかい男性で、笑顔で僕にこう言った。
（はて？挨拶はしたものの、いったい誰だったろう？）
「お元気そうですね」と男性は更に話し掛けて来る。
「あ、はい」と答える僕。
（うん？お元気そうと言う事は、久しぶりに会ったんだな、きっと。誰だっけ？すごく見た事あるんだけど、どこで会ったんだろう？）
と僕の頭の中では、物凄いスピードで記憶のページをめくっているが、どこを探しても、この男性の記憶が出て来ない。
「お仕事中ですか？」男性がスーツを着ていたので、当たり障りのない事を僕は言った。
「そうなんですよ。これから得意先へ行く途中なんです」と男性は答えた。
「道が悪いんで、気をつけて下さいね」と僕が言う。
「はい、有難うございます」と、何だかぎこちの無い会話で、とうとう最後まで男性の正体は分からなかった。
「それでは失礼します」と男性が言って立ち去る瞬間、とても言いにくそうな顔をして近づくと、こう言った。
「あの～散々話をした上で大変失礼なんですが、私と何処でお会いした方なんですよね。あの～どちら様でしたっけ？」