第724「ビールはお好き?」
冷蔵庫を開けるとビールが無かったので、近くのコンビニへと買い行った。
僕がビールをカゴに入れていると、見知らぬ小太りの男が声を掛けて来た。
「ビールはお好きなんですか?」何故か興奮している様で鼻息が荒く、しわがれた声にも不気味さを感じる。
「え?は、はい・・・」
「これの方が美味しいですよ。飲んだ事あります?」と自分のカゴから缶ビールを一本取り出し僕に見せる。
男の襟元から時折見え隠れする赤い首輪の様な物が気になった。
「いえ、ないですけど・・ビール会社の方ですか?」僕がそう訊くと、男は更に興奮した様子で目をむき、唾を飛ばしながら言った。
「いえ、ただのビール好きですよ。あっ、ほら一番上の棚にあるでしょ」どうしてもお勧めのビールを飲ませたいらしい。
新商品?メーカーはどこだ?と一瞬考えたが、この男はかなりヤバそうだし、下手に逆らって切れられても怖い・・まあ、ここは逆らわずに言う事をきいた方が無難の様だ。
それに、見ず知らずの人間に勧めたくなるくらいだから余程美味しいのだろう。
外に出ると、買い物中の主人を待って居るのか、入口付近に赤い首輪をした小型犬がお座りをしていた。
僕が頭を撫でると、フンガフンガ鼻を鳴らして喜ぶ。
帰り道、歩きながら考える。犬種は何だったっけ?
家に着き、袋からビールを取り出すが、その内の一本がドッグフードだった。
「えっ?ビール缶に入ったドッグフード?」
「美味しそうだね」赤い首輪をした妻が僕の目の前にヌ~ッと顔を近づけた。
そう思い出した、さっきの犬は「パグだ!」
「誰がパグよ!また寝ぼけてるんだから!」どうやらうたた寝をしていた様だ。
「ビール買って来たよ」と言う妻から一本を受け取る。
「何かつまみってある?」
「これでも食べる?」妻は笑うと、買い物袋から我が家の愛犬用のドッグフードを取り出した。
一瞬ドキリとして妻の首元を見るも、赤い首輪が無いことにほっとした。