「お、おっす！」チコは少し驚いた様に「あっ、こんにちは」
「おいおい。随分他人行儀だな。どうしちゃったのよ。何があった？暗すぎるぞ」明るく冗談ぽく言ったつもりだったが、チコは目にいっぱい涙を溜め、顔をふせると、僕の前から走り去ってしまった。これがチコと交わした最後の会話だった。間もなくして、チコは引越ししてしまったのだ。後でわかった事だが、チコは学校でイジメに遭っていたそうなのである。この事実を知った時、チコのお母さんに言われた言葉が胸に突き刺さった「美香をお願いね」最後に声を掛けた時、チコが仔犬を探していた時と同じ顔をしていたのを思い出した。あの時どうして気付いてやれなかったのか、仔犬の時の様に一緒に問題に取り組んでいれば・・・。親友だった筈なのに。そう思うと自分自身に腹が立ち、胸が張り裂けそうになった。その事は、ずっと僕の心の中のわだかまりとなって、いつまでも消える事はなかった。
それから十年が経った。札幌の地下鉄で僕が電車を待っていると、後ろから誰かが片を叩いた。
「おっす！」振り向くと、チコが笑って立っていた。人の良さそうな旦那さんと、チコそっくりの女の子も一緒だった。顔を見た瞬間、お互い涙がこみ上げて来た。言葉なんていらない。チコはやっぱり親友だった。