祖父が古い旅行雑誌を見て言った。
「金沢か～行ってみたいな」
「行けば良いじゃん」
「誰と？」
「隣りの源爺と」
「あいつなんかと行ったら喧嘩になるに決まっとる」
「まあ、どっちも頑固だからね、きっとそうなるよね」
「コロナが落ち着いたら皆で行くか」
「皆って誰だよ」
「家族に決まってるべや」
「家族ね～どうせなら気心が知れた人と行きたいかな」
「家族じゃダメか？」
「そんな事ないけどさ」
「俺が冥途の土産に家族旅をしたいと言っても、お前は聞き入れてくれないのか」
「いや、そうじゃなくてさ」
「よし、毎月一人二万ずつ積立をしよう」と強引に事を進めようとする祖父。
「毎月六万ずつ貯まるから一年もすれば旅費ができるな」と祖父は得意の皮算用で張り切る。
「ちょっと待って、何で六万？俺と親父とお袋、それに爺ちゃんで八万だろう」
「俺は稼ぎが無いから除外」
「年金貰ってるだろ」
「年寄りの細やかな金を巻き上げようって言うのか！お前は何て酷い奴なんだ」
「言い出しっぺが金出さないって変じゃないか、それに毎月二万なんて俺には絶対無理だし」
「いくらなら出せるんだ？」
「五千円ぐらいかな？」
「それじゃ俺の方が先に永遠の旅に出ちまう」
「まあその時はその時だね」
段々と面倒になって来た。
やがて父と母が戻り、祖父が旅行積立の話しをする。
「一万なら良いよ」と言う母に祖父は凄く不満そうだ。
「それじゃ、遠くに行けん」
「良いじゃないの、道内の温泉地巡りだって」と母。
「それじゃダメなんだ、遠くでないと、よし！足りない分は俺が出すとするか」
さっきまでの態度とは一転、急に気前が良くなる祖父。
「来年は金沢旅行か」と父。
「金沢でなくても遠くなら何処でも良いんだ。何ならハワイでも」と祖父。
「何なの？さっきから遠く遠くって？」と僕が訊く。
すると祖父は、子供の様に目を輝かせながら言った。
「飛行機に乗ってみたい」