第698話「お守り」
玄関の方から小さな足音が聞こえて来る。
「爺ちゃ~ん春だぞ!ぽかぽかだぞ~」隣りの家に住む源造さんの孫である四歳児の健太が、今日も元気にやって来た。
「そうだな~春だな~健太はいつも元気だな」と祖父が相好を崩す。
「子供は、いつも元気なもんだ」と健太、きっと誰かが言った言葉なんだろう。
「おじさんとおばさんは?」僕の父と母の事だ。
「散歩に行った」と祖父。
「俺達も散歩行こう」
「そうだな、最近は身体がなまってるから運動せんといかんな」と祖父。
「なまってる?」
「ああ、なまるちゅうのは、何ちゅうか、だらけるちゅうか、鈍くなるちゅうか」
「にくくなるって?」
「にぶくだ、身体の切れが悪くなるっちゅう事かな」
「身体が切れるのか?」
「いや、切れるんじゃなくて・・・健太はまだ分からんくてもいい」どうやら面倒になった様だ。
「爺ちゃんも運動不足だってよ」僕が助け舟を出すと、祖父は急に立ち上がり、僕の方を見て言った。
「よし!散歩行くか」
「え~っ?俺も?」
「健太と二人きりで外に出るって事は、俺にとっちゃ大変な事なんだぞ!手を繋いでても気付くと居なくなってるし、精神的にも肉体的にも可成り厳しいもんがあるんだ。俺が散歩に出た切り帰って来なくてもいいのか?」時々二人でコンビニへ行く事もあるので、可成り大袈裟な言い草ではあるが、確かに祖父の言う事も一理ある。
外に出ると健太の言う通り、ぽかぽか陽気だった。
向こうから祖父と同年代ぐらいの老人が歩いて来た。
「いや~お久し振りです」から始まっての立ち話が結構長い間続く。
「さき行こう」と健太。
「待ってなくていいのか?」
「だって、まだまだかかるもん、向こうから来る婆ちゃんも知り合いだから」
それから健太は、大きく溜息をつくと、大人びた口調で言った。
「爺ちゃんのお守りも疲れるんだ」