マラソンなんて何年振りだろう？いや、ここ何年かは走った事すらないはずだ。
余裕でゴールぶっちぎったら、愛香驚くだろうな～その時、何て声を掛けよう。
「どうだ！少しは見直したか？」ちっと弱いな。
「俺も今来たとこだよ。愛香もよく頑張ったな」よし、これだ!ニッコリ笑って大人の余裕も見せた方が良いな、敗者を気遣う思いやりも含まれてるし。
ちょうど半分を過ぎた頃だろうか、気になって振り返るが、愛香の姿はない。
その後、予期せぬ事が起こったのは、緩い上り坂に差し掛かった時だった。
急に太腿がこわばり、思った様に足が上がらない。
「飛ばし過ぎたか」と後悔するも時既に遅し、歩くに近い程のペースで暫く走っていると、リズミカルで規則正しい足音が徐々に近づいて来るのが分かった。
振り向くと、愛香が直ぐ後ろに迫っていた。
「ヤバッ！来た！」と呟いた瞬間、愛香はビュンと風の様に僕の横をすり抜けた。
愛香の背中が見える・・何とか僕も食らい付く。
坂の頂上に差し掛かった時、愛香は僕の方を振り向き一瞬だけ笑みを浮かべ、「お先～」愛香の背中が坂道を転がるボールの様に、どんどん小さくなるのを見
て、ああ～昔学校でこんな実験やったな～等加速度直線運動だったかな？中学？高校の物理だっけ？愛香はもう習ったのかな？・・・。
ゴールである自宅前に到着すると、愛香は玄関の階段に腰掛け、スマホをいじっていた。
「待ったか？」とバテバテの僕がよろけながら言った。
「うんうん、今来たとこ」
「ああ！それ俺が」と言い掛けた時、連休前に喧嘩した彼女の事を思い出した。
僕が約束の時間に遅れると「今来たとこ」いつもそう言ってくれたっけ・・・。
「どう？スッキリした？」
「うん、ありがとな」
「どういたしまして」
「こりゃビールが美味いな」
「やっぱおっさんじゃん」
傾いた太陽が、笑う愛香の顔をオレンジ色に染める。
後で彼女に謝ろう。連休はまだ半分残ってる。